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リンゴを頂いたのでアップルパイを作りました。
朝食用に生地多めで程ほどの甘さで…。

リンゴ1個分で作りました。
鍋にバター20g入れて溶かし、イチョウ切りのリンゴを入れて炒めます。
111203A.jpg

良く炒めて柔らかくなったらきび砂糖35g、レモン汁大さじ1を加え
さらに炒めます。火を止めてシナモンを加え、ざっと混ぜます。
111203B.jpg
これで中身は出来上がり。ボウルに入れて冷まします。
さらに、冷凍パイ生地を2枚、冷蔵に移して解凍しておきます。
この冷凍パイ生地は冷凍食品半額の日に買いだめしておいたもの。

次の朝、解凍しておいたパイ生地の表面に薄く粉を振って
正方形に伸ばします。
111203C.jpg

フォークなどで数箇所突き刺して穴をあけ、冷ましておいた中身を
生地に広げ、レーズンを散らします。
このレーズンは貴腐ワインに漬けておいたものです。
111203D.jpg

もう一枚の生地をのせて端をフォークで閉じ、中央部も突き刺して穴を開けます。
111203E.jpg
解りにくいけど、猫と魚の形に穴を開けてます。

黄身を溶いて少量の水を加えて良く混ぜたものを刷毛で塗り、
280℃に予熱しておいたオーブンで25分焼きました。
111203F.jpg
猫と魚は良くわからなくなっちゃいましたけど、美味しかったです。
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2011.12.19 Comment:0 | TrackBack:0
最近、でっち上げがすっかりばれて朝日新聞の論調が変遷しているが、
従軍慰安婦という言葉は朝日新聞が作った。90年代に出来た言葉だ。
それまで全く問題になっていなかった。
作り話なのだが、朝日新聞を信じる多くの人々の間では未だに事実として
認識されているため、この問題は朝日新聞がすべてを明かして
釈明しない限り日本が悪者にされ続けるだろう。
また、韓国人、北朝鮮人が3割近く勤めている各マスコミでは真実が
報道されることはあまり期待できない。

実際は朝鮮人が経営していた慰安所が勝手に軍隊にくっついてきて
商売をやっていただけの話。戦場だったから軍が安全な場所を指示していただけ。
慰安婦は高給だったため希望者が多かった。当時、軍人の月給が20円のところを
1500円前後も貰っていた。現在の金額で3年で数千万円稼いだ。
朝鮮に帰ることも出来、帰ってからも裕福な生活が出来たが、慰安婦だったとは
周囲にはいいづらく、強制連行されたなどと作り話をしたことが証言とされた。
それを、朝日新聞の植村隆記者が、世界初のスクープとしてでっちあげた。

植村 隆(ウィキペディア)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A4%8D%E6%9D%91%E9%9A%86

植村 隆の妻は韓国人でその母は慰安婦や強制連行されたと主張している人達の会
の常任理事で、日本を相手取り、慰安婦についての裁判を起こしたが、その傍ら
3万人から「日本政府などから補償金を受け取ってやる」といって弁護士費用などの
名目で会費15億ウォン(約1億2千万円)をだまし取っていたため、詐欺で摘発された。

産経新聞の記事より(魚拓)
http://megalodon.jp/2011-0509-1014-24/sankei.jp.msn.com/affairs/news/110509/crm11050909470004-n1.htm

つまり、日本政府から賠償金を貰うためと、慰安婦や強制連行されたと主張している
朝鮮人、韓国人からもお金を騙し取るため、植村と義理の母で連携して
まるで事実のようであったかのように大騒ぎして、過去の事実を隠したまま
報道し、多くの日本人を騙したという事件だ。

「婦女子の強制連行がなかったと思う根拠の第一は、もしも婦女子の強制連行が
あったとすれば、その目撃者は強制連行された者の何倍もいたはずだし、いかに
戦時中であっても大きな抗議運動が展開されて当然であるはずだが、目撃証言も
抗議運動も一切なかった事実である」
産経新聞

http://sankei.jp.msn.com/world/news/111206/kor11120608190000-n1.htm


慰安婦問題でっちあげの経緯

1) (1983)年、吉田清治が、著書「私の戦争犯罪・朝鮮人連行強制記録」の中で
昭和18年に軍の命令で「挺身隊」として、韓国斉州島で
女性を「強制連行」して慰安婦にしたという「体験」を発表。
朝日新聞は、これを1991年から翌年にかけ、4回にわたり、報道し
日本と韓国で大騒ぎとなる。

※後日、吉田清治は「この本は全て嘘でした」と認め
「文章に主観を混ぜるぐらい新聞でもやってる」と開き直る。

※この偽書を信じた日本の主婦が韓国に渡って宣伝した事が
「慰安婦騒動」の始まり
2) 同3年、朝日新聞は、「女子挺身隊」の名で戦場に連行され
売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」の一人が名乗り出た、と報道。

3) 同4年、朝日新聞は、一面トップで「慰安所、軍関与示す資料」
「部隊に設置指示 募集含め統制・監督」と報道。この直後の16日から訪韓した 
宮沢首相は首脳会談で8回も謝罪を繰り返し、「真相究明」を約束。

4) 同5年、河野官房長官談話、政府調査の結果、「甘言、弾圧による
本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に官憲等が直接に
荷担したこともあった」と発表。
この河野談話によって日本政府は、慰安婦が軍によって強制徴集されたことを
公式に認めてしまったことになる。
これを契機として、中学高校のほとんどの歴史教科書に
「従軍慰安婦」が記述されることになった。
今日では、各方面の調査が進み、以上の報道、発表がどれだけの事実に基づいていた
のかが明らかになってきた。以下、この4点を検証する。


吉田清治の慰安婦狩り

まず1)、吉田清治の「私の戦争犯罪・朝鮮人連行強制記録」では
韓国斉州島での慰安婦強制連行を次のように、描写している。

若くて大柄な娘に、山田が「前へ出ろ」とどなった。
娘がおびえてそばの年取った女にしがみつくと
山田は・・・・台をまわって行って娘の腕をつかんで引きずりだした・・・・ 
女工たちはいっせいに叫び声を上げ、泣き声を上げていた。
隊員たちは若い 娘を引きずり出すのにてこずって、木剣を使い
背中や尻を打ちすえていた。 
・・・・女工の中から慰安婦に徴用した娘は十六人であった。

吉田の記述は済州島の城山浦にある貝ボタン工場という設定だが
この記事に疑問をもった済州新聞の許栄善女性記者が
現地で調査し以下のような記事を書いている。

島民たちは「でたらめだ」と一蹴し
この著述の信想性に対して強く疑問を投げかけている
城山浦の住民のチョン・オクタン(八五歳の女性)は
「250余の家しかないこの村で、15人も徴用したとすれば
大事件であるが,当時はそんな事実はなかった」
と語った

郷土史家の金奉玉は
「1983年に日本語版が出てから、何年かの間追跡調査した結果
事実でないことを発見した。この本は日本人の悪徳ぶりを示す
軽薄な商魂の産物と思われる」と憤慨している。
現地調査を行った秦郁彦日大教授は、許栄善女性記者から
「何が目的でこんな作り話を書くのでしょうか」と聞かれ、答えに窮したという


この吉田清治を、朝日新聞は
宮沢首相の訪韓前後1年の間に4回も紙面に登場させたのだが
秦教授の調査の後は、ぷっつりと起用をやめた。
今日では、慰安婦問題の中心的糾弾者である
吉見義明中央大教授すら
吉田清治の著作は採用しなくなっている。

次に2)の自ら名乗り出た慰安婦について
平成3年8月朝日新聞は、社会面トップで
「思い出すと今も涙」「元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀重い口開く」
とのタイトルで
「日中戦争や第二次大戦の際、女子挺身隊の戦場に連行され
日本軍人相手に売春行為を強いられた朝鮮人従軍慰安婦のうち
一人が」名乗り出たと報じた。
しかし、この女性、金学順さんは
「女子挺身隊」として連行などされていない事を
8月14日の記者会見で自ら語っている。
ある韓国紙はそれを次のように報じた

生活が苦しくなった母親によって14歳の時に
平壌のキーセン検番(日本でいう置屋)に売られていった。
三年間の検番生活を終えた金さんが初めての就職だと思って
検番の義父に連れていかれた所が
華北の日本軍300名余りがいる部隊の前だった」 
「ハンギョレ新聞」'91年8月15日付
当時、内地でもよくあった気の毒な「身売り」の話なのである。
朝日の植村記者は、この記者会見で、金学順さんが14歳のときに
売られたという証言をしたにも関わらず、新聞に、日本軍が来て
拉致連行されたと捏造記事を書いた
国家による組織的な強制連行とは関係ない

米軍がレポートする慰安婦の実態

 米軍情報部は、北ビルマの慰安所で収容された慰安婦からの
聞き取りをもとに、以下のような報告書を残している
女性たちは経営主が、600円前後の前借金を親に払って
その債務を慰安所での収入で返還している
女性たちの稼ぎは月に1500円前後、兵士の月給は20円前後。
慰安婦たちは、二階建て個室付きの大規模家屋に宿泊して業を営んだ
・・・・彼女たちの暮らしぶりは、贅沢であった。
慰安婦は接客を断る権利を認められ、負債の弁済を終えた何人かの慰安婦は
朝鮮に帰ることを許された
また、ビルマのラングーンで慰安婦をしていた文玉珠さんの手記では
その生活ぶりを次のように語っており、米軍のレポートを裏付けている。

支那マーケットにいって買物した。
ワ二皮のハンドバッグと靴を買い母のためにもなにか買った。
将校さんに連れられてジープに乗って、ぺグーの涅槃像をみに行った
ちなみに文玉珠さんは、平成4年に日本の郵便局を訪れ
当時貯めた2万 6145円の貯金返還の訴訟を起こして敗れている。
千円もあれば故郷に家が一軒買えると体験記で述べているが
現在の貨幣価値なら、4〜5千万円程度の金額を
3年足らずで貯めたことになる。
「従軍慰安婦」というと、日本軍によって郷里から強制連行され
戦地では何の自由もなく無給で、ひたすら兵士にもてあそばれた
というイメージが定着している。
しかし、この米軍の報告書では、まったく違う実態が報告されている。
一体、どちらが真実に近いのか


従軍慰安婦問題とは

戦争当時は、戦地での強姦事件を防ぐために
公娼業者に戦地で開業させていた
戦地であるから、業者の指名、移動、監督などは
軍の関与が当然あった。
これらは当時、合法であった公娼制度の戦地への延長で
特に問題はない。
従軍慰安婦問題とは、本人の意思に反した
「強制連行を、日本軍が組織的に行ったかどうか
朝鮮の女性を無理やり連れ去り、日本軍の性奴隷
にしたのかどうかという問題である。
朝日新聞が言うように強制連行が事実であったなら
これは日本の国家的犯罪となる
もし朝日側の捏造であるのなら
日本と韓国の政治問題にまで発展させ、尚現在においてまでも
日本人を苦しめている責任は重い

さてどちらが正しいのか?
詳しくは下記へ
http://www.lcv.ne.jp/~kobamasa/jyugunianfu.html
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2011.12.19 Comment:0 | TrackBack:0
ようやく先週末になって調子が出てきました。
先々週まで土日と言えば寝ているほうが多く、動いては眠り気が付けば夕方に…。
先週末は色々と動いていたのでとても長く感じました。

庭は夏のまま。試験があってそのあとすぐに具合が悪い時機が来て放置状態。
草取りくらいは…と思い、朝10分づつ気になる箇所だけ抜いていたり。

このトマト・マスコトカとバジルが植わっていた鉢もそのままだったので、
気合を入れて冬の寄せ植えを作ることにしました。
111211A.jpg

この苗はジョイ本で2週間以上前に買ったもの。
買ってきただけで疲れてしまって植えるとこまでいかなかった…。
途中霜も降りた日もあったし、花が少なくなってしまってます。
111211B.jpg

トマトとバジルを引き抜き、小さい鉢は土を全部堆肥置き場へ、
大鉢は半分くらいを入れ替えることに。
新しい土を少し入れて古い土と良く混ぜ、さらにその上に新しい土のみを
入れて苗を植え込みました。
111211C.jpg

大鉢の方はプリムラ・ジュリアンのブルーベリーのムースと
ウサギの耳のように上の2つの花弁が細長いトミーの大冒険というビオラに
白い花かんざしとハツユキカズラ、背の高いメラウレカレッドジェムを配置。
下の方の根をちょっと崩して植え込み、苗の間に土を足しました。
111211E.jpg

寒さよけと乾燥を防ぐためにバークチップを根元に。
見た目も良い感じ。
今はスカスカだけど、春までには花がこんもりしていると良いんですが…。
111211F.jpg

小さい鉢の方は、赤紫色のビオラ・バレンタインシリーズの周りに
サザンクロス・ホワイト、モクビャッコウ、ブルーデージー。
こちらもバークチップで防寒。
111211D.jpg
花が少なくてグリーンの寄せ集めみたいになっちゃった
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2011.12.13 Comment:0 | TrackBack:0
海外へ留学して本当の歴史を知ると相当なショックを受けるそうだ。
韓国以外の国々の歴史教科書はだいたい整合性が取れているのだが、
韓国だけは全く異なる歴史を学んでいる。
例えば、日本の植民地にされた(植民地と言う表現も間違っているが)時以外は
独立国であったと教えられている。

「ソウルにある独立門ってどこからの独立を示しているの?」と韓国人に聞くと…。

***

朝鮮半島の国家は歴史的に「つらい」国であった。
日本のように海に囲まれておらず、中国と陸続きであるから、
何かと中国が戦争を仕掛けて来る。

七世紀高句麗や百済は唐に抵抗したが、新羅の金春秋(武烈王)は結局
唐の臣下(新羅国王)となってライバルを滅し半島を統一する道を選んだ。

これ以後、半島の国家は新羅であれ高麗であれ朝鮮であれ、
すべて「国王」すなわち中国皇帝の臣下であった。
それが歴史上のまぎれもない事実だ。

だからこそ、日本が清との日清戦争に勝って、下関条約で中国に初めて
「朝鮮国の独立」を 認めさせた時、これで長年にわたる屈辱から解放されたと
喜んだ朝鮮人は、欣喜雀躍して独立門を建てた。
これが今も大韓民国ソウル特別市にある独立門だ。
つまりこれは「中国からの独立」を記念して建てられたものであり、
朝鮮人もそれを明確に意識していたということなのだ。

現在ある場所に建てられたのも理由がある。
ここは、迎恩門といい、朝鮮歴代の王が中国皇帝の使者を迎えるにあたって
土下座以上の屈辱的な三跪九叩頭の礼をさせられていた場所なのである。
骨の髄まで中国文化(儒教文化)に染まっていた朝鮮は漢民族の国家である明が
滅ぼされ遊牧民族が清を建てた時、「野蛮人には従えない」と明に義理立てした。

怒った清は朝鮮に「征伐軍」を送り、朝鮮の仁祖王を追い詰め「土下座(正確には
三跪九叩頭礼)」をさせて服属させた。これは「神話」ではない、事実である。
しかも、清国皇帝は「お前たち朝鮮人を滅ぼさないで済ませてやったのだぞ。
恩義と思え」と強制し、歴代国王に三跪九叩頭礼を強制した。
その場所が「迎恩門」なのである。

日本が清に勝ち、朝鮮の独立を認めさせた時、まず朝鮮人たちが行なったことが
迎恩門の破壊であった。そして、募金によって独立門が建てられたのだ。
ところが、韓国の若い世代はこのことを知らない。
「有史以来、朝鮮半島の国は独立国家であった」などというデタラメが
学校で教えられているからだ。

独立門前で「この独立って、どこの国からの独立?」と質問すると、多くの若者は
そんなことも知らないのかと憤慨しつつ「日本からに決まっているだろう」と答える。
しかし、そこで「でも、説明板を見てごらん。この独立門が建てられたのは一八九七年だ。
韓国併合は一九一〇年だし、光復(独立)は一九四五年だろう。
それ以前の話なんだよ」と言うと、彼等は絶句し思考停止してしまう。


・・・井沢元彦氏は1954年、名古屋生まれ。週刊ポストに連載中の『逆説の日本史』は
シリーズ累計440万部を突破した。
10月より小学館のウェブマガジン『BOOK PEOPLE』にて『逆説の世界史』も連載中の
井沢氏が、朝鮮半島の過去現在未来を、東アジア流転の歴史から読み解いている。

週刊ポスト 2011年12月16日
http://www.news-postseven.com/archives/20111208_74172.html

***

2chから

朝鮮と清国の従属関係について

『二十余種の物品』の具体的には、清国に毎年美女3000名、牛馬各々3000を献上等々。
 
 朝鮮は二千年来、人類史上、唯一、外族(異族)の支配を受けた事の無かった珍しい国であり、
日本の植民地支配を三十六年も受けたのは、有史以来はじめてだったと教えているが、事実は?

清国の朝鮮支配は、いかに家内奴隷として朝鮮半島を支配してきたか

○朝鮮国王は清の皇帝によって任命。
○朝鮮国内で起こった事件の委細については、すべて皇帝に報告。
○清の使節に対して、国王はソウル城門の外まで出迎え。
○朝鮮国王の地位は、清国廷臣の下である。
○朝鮮政府には、貨幣の鋳造権がない。

 細かく定められた貢品以外に、毎年、牛三千頭、馬三千頭、各地の美女三千人を選り抜き、
清国に朝貢することが義務づけられていた。
 牛馬三千頭を手に入れることも、容易なことではないが、女性三千人を宗主国の清国に
送るとなると、両班の娘だけでは間に合わない。米で農家の娘と物々交換するか、あるいは
強制連行の手段しかない。
 ここに、今日、問題となっている「強制連行」「慰安婦」の原点がある。
 朝鮮の強制連行と慰安婦は、まさに朝鮮痛史であり、日韓併合を云々するならば、同時に、
この朝鮮痛史にも立ち向かわなければならないだろう。
黄文雄著、中国・韓国の歴史歪曲(光文社)

【朝鮮半島の統治国の歴史】 万年属国から独立まで
紀元前108年〜220年:漢(植民地)
221年〜245年:魏(植民地)
108年〜313年:晋(植民地)
314年〜676年:晋宋梁陳隋唐(属国)
690年〜900年:渤海(属国)
1126年〜1234年:金(属国)
1259年〜1356年:モンゴル(属国)
1392年〜1637年:明(属国)
1405年 李氏朝鮮、耽羅王国(済州島)を占拠虐殺後に併合。
1637年〜1897年:清(属国)
1897年:下関条約により清の属国から開放される←←←←←←ココ重要
1903年:ロシア朝鮮半島を南下。日本の尽力によりロシアの属国化を回避
1905年〜1945年:日本(保護国、併合、日本人に)
1945年〜1948年:アメリカ(非独立)←←←←←←ココも重要
1948年:大韓民国成立(アメリカ軍による朝鮮統治によって国家基盤が形成され成立)
1948年:軍事独裁政権誕生
1948年:済州島4.3事件 3万人虐殺
1950年:朝鮮戦争 400万人殺し合い
1950年:保導連盟事件 30万人虐殺
1951年:国民防衛軍事件 10万人虐殺
1951年:居昌事件 8500人虐殺
1979年:軍出身の大統領政権誕生
1980年:光州事件 600人虐殺
1993年:初の文民政権誕生←←←←←←韓国は民主化してまだ15年しかたっていない
1997年:アジア通貨危機・国家財政崩壊によりIMFに土下座

***

NEWSIS(韓国語) 2011/04/22
http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/474366.html

韓国人の歴史歪曲捏造は余りにも酷く、目に余るものがある。
これが日韓の感情的なもつれの根本的な要因であり、双方に摩擦を生み出す元となっているのだ。
韓国人はよく日本の歴史歪曲を指摘するが、実際は韓国で教えられる歴史こそが、そもそも歪曲と
捏造に満ちたものだから話にならないのである。

近代史からの因縁の日韓の歴史の齟齬は「日本は朝鮮の独立を奪ったのか?」という点から始まる。
結論から言うが、奪ったも何も、元々朝鮮は中国歴代王朝の千年属国であり、主権さえ
認められていなかった国なのだ。
日本が下関条約の第一条で初めて朝鮮の中国からの独立を明記するまで、千年の長きに渡り
朝鮮は、中国の属国となっていた事実を、韓国人達は決して認めたがらない。

今回はその千年属国の真実を示すことで韓国人の歴史認識がいかに歪曲されたものであるかを
証明したい。
朝鮮の歴史を紐解くと、初期の高麗朝を除きほぼ全てに渡って中国歴代王朝の属国としての
地位に甘んじてきた。
その有様は、事大主義(小国が大国に媚びへつらって生きていく主義)に代表されるように
千年属国朝鮮の悲惨な姿を現している。

今回はその千年属国の真実を示すことで韓国人の歴史認識がいかに歪曲されたものであるかを
証明したい。

朝鮮の歴史を紐解くと、初期の高麗朝を除きほぼ全てに渡って中国歴代王朝の属国としての
地位に甘んじてきた。 その有様は、事大主義(小国が大国に媚びへつらって生きていく主義)に
代表されるように千年属国朝鮮の悲惨な姿を現している。
しかしながら当の朝鮮は事大主義に生きることを選択し、それを誇りとしているのだから
何をかいわんやである。

朝鮮のこの事大主義は、時には何と朝貢を受ける中国王朝の方が、迷惑がる事もあった。
例えば、宋の時代に、宋王朝は北方の契丹人や女真人に国境を脅かされており、その為莫大な
貢ぎ物を契丹人の遼王朝、女真人の金王朝へ送ることにより国境の安定を図っていた。
ところが、こんな時代でも当時の朝鮮高麗王朝は、宋に対し朝貢と册封を要請したきたのである。
自分から宋に朝貢させて欲しい、册封して欲しいと頼んでくるなど、これぞまさに筋金入りの
属国根性である。 宋王朝は先の北方の強国から誤解を受けかねないと、この朝鮮の朝貢に
難色を示したことが当時の史書に記されている。
さらに朝鮮の事大主義は益々エスカレートしていく。

高麗王朝から王位を簒奪し、李氏朝鮮初代の王となった李成桂は、王位につくやすぐさま、
当時誕生したばかりの明王朝に伺いを立て国号を決めて貰っている。
この時、李成桂は、箕氏朝鮮の旧号「朝鮮」と李成桂の生地「和寧」の二つの名前を持ち出し、
明の太祖の朱元璋から「朝鮮」の国号を使うことを許されている。
世界史の中で様々な国が存在するが、他国に自国の国号を決めて貰った国など、
後にも先にも朝鮮ただ一カ国である。

本来ならこの一時を持って、朝鮮が中国の属国であった事を、何よりも物語っているのだが、
韓国人はこれでもまだ朝鮮が中国の属国であったことを認めないのである。
ここまでくればこれ以上の説明は必要ないだろう。誰がどう見ても朝鮮は、中国の属国若しくは
それ以下の扱いを受けていたのである。

現実に韓国以外の各国では歴史の教科書で、朝鮮関連の記述(これ自体殆ど記述されていない
のだが)において、全て例外なく「朝鮮は中国の属国であった」と記している。
韓国が敬う中国でさえ朝鮮が中国歴代王朝の属国であったと明示している。
韓国がよく引き合いに出す亜細亜のみならず世界各国が朝鮮は中国の属国であると認めているだ。
確かに、他国の属国であったという歴史は不快なものであろう。

だがそれは決して恥じることではない。
現に、日本の殆どの歴史学者の言によれば「もし、日本海という壁がなければ日本も朝鮮のような
中国の属国となっていただろう」と明言している。
これはまともな教育を受けた日本人なら誰もが認めるところだ。

運悪く海という壁がなかった朝鮮は、中国の属国として生きるしかなかっただけであり、それを
認めることは何の恥でもない。いや、真実の歴史を覆い隠そうとすることこそが恥なのである。
千年属国として余りにも歪みきった朝鮮民族の精神は、日本によって独立を得られた100年では
矯正出来ないかも知れない。
だが、事大主義・属国根性に染まった現代の韓国人の精神を健全なものとするには、まず最初の
一歩として歴史の事実を認めることから始めなければならないのである。

韓国人よ、千年属国の忌まわしいコンプレックスから今こそ立ち直るときである。

朝鮮人は、戦後、歴代韓国政府の一貫した徹底的反日捏造歴史観による洗脳教育により全国民、
ただの一人の朝鮮人も正しい歴史認識を持てないでいる。
そもそも現在の朝鮮人韓国が存在するのは、日本が日清戦争で中華属国奴隷乞食3000年の
朝鮮族を開放、嘆願により併合血税を注ぎ込み産業、教育、医療・・日本のおかげで今日が有る。

・・当時の様子を英国女性旅行家イザベラ・バードが旅しているが、著書「朝鮮紀行」=ハード
カバーの証拠写真多数、販売中=曰く『私は、このような貧困、乞食、病が蔓延した首都を
見たことが無い!!
街は、草葺の平屋のみ、街路中央にどぶが流れ、民家には等しく便所が無く、これが便所
代わりだ。糞便、猫の死体、蝿が飛び交う。女は、乳出しチョゴリ、風呂の習慣も無いため
人々は垢まみれで疥癬等の皮膚病が蔓延している。
商店も無く全て夥しい露天のみだ。無政府状態のため通貨が用を成さず物々交換が主流だ。
・・・こんな朝鮮を復興させた日本に感謝されることはあっても謝罪させられることは無い!!

***

韓国ドラマは本来の韓国とはまったくの真逆
http://digital.asahi.com/20111111/pages/shasetsu.html
朝日新聞11月11日朝刊15ページ

韓国と関わりだして、かれこれ20年以上になります。優しげでこじゃれた韓流ドラマとは
真逆の国だと 感じています。あけすけで、ずさんでワイルド。しかし人情がある。
これが四半世紀、変わらぬ韓国の印象です。
韓国人は結構、家族で大衆キャバレーに行ったりもする。日本のファミレス感覚で、
お父さんが 酒のんでホステスの太ももを触ってる脇で、子供がはしゃぎ回ってる。
地方のラブホテルに家族旅行で泊まりますからね。おばあちゃんまでくっついてきて、
部屋で自炊してたりする。その方が安いからって。

韓国人が、日本人にすぐに突きつける言葉が「日帝36年」。日本が朝鮮半島を支配した
足掛け36年のことです。いつだったか、韓国の知人が電話をかけてきて、いきなり
「日帝36年」とか言い出すから面倒臭いなと思ってたら、「日本に行くので安い宿を取ってくれ」
だって。戦争の話しになると日本のインテリは「二度とあってはならない」なんて萎縮します。
それは考えなきゃいけないとは思いますが、枕詞みたいなもんですから、いちいち贖罪意識
なんか感じてたらきりがないですよ。

ドラマやKポップは、韓国人がこうありたい、ウリナラ(我が国)をこう見て欲しいという希望を
描いたものです。韓流ブームは、それがリアルな韓国だという誤解を、日本人が進んで
引き受けることで成り立ってる。
そこで「実像とドラマは違う」なんて絶対に言わないですから。ましてやお金が絡めば。
韓流ブームになにか言うつもりはないけど、自分が惹かれる韓国とは別のもの。あけすけで
ずさんでどうしようもない、すべてを肯定しての愛すべき国なんです。 (聞き手・秋山惣一郎)

***


韓国はファンタジーの中で幸せに暮らしている分には問題ないのですが、
日本などにもそれを押し付けてくるので、出来れば自分たちだけ、
韓国ファンだけで楽しんでいて欲しいですね。
本当の歴史はどうやっても変えられないのですから。

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2011.12.13 Comment:0 | TrackBack:0
公務員給与削減法案

政府案:人事院勧告無視+7.8%削減+労働協約締結権
野党案:人事院勧告含め7.8%削減

マスコミは民主党案と野党案では差がないのに協力しない野党が悪いという論調。
野党案は自衛官は給与削減の対象外、地方公務員は削減対象。
労働協約権を与えないので自治労(公務員労働組合で民主党支持団体)を利さない。
自治労は人事院勧告と人事院を廃止して、自分たちが団体交渉して給与を決めたいそうだ。
全く内容が違う。どちらが国民全体に良い案なのか報道しない。
マスコミ自体も民主党支持団体だし。

自公政権当時

国家公務員制度改革基本法を制定
公務員制度改革は政権交代後に方向性が変化しないように、与野党合意の上で制定


民主党政権

勝手にこの基本法を改正しようとしている。

1)天下り』の定義を勝手に変えた。
天下りを監視する再就職等監視委員会の委員長や委員の任命も拒否し続け、
大量の『裏下り』を既成事実化している。
そのため、退任四ヶ月のエネルギー庁長官が東京電力に天下った。

2)前原国交大臣(当時)が考案し、現役出向という新たな天下りの手法を拡大。

3)基本法に違反して、内閣人事局を骨抜きにして、人事院を裏で延命させる公務員庁を
つくるという法案を民主党政権が考案。


現在、国家公務員には争議権(スト権)はない。
人事院勧告の対象となるのは64万人の国家公務員のうち、一般職(30万人)の
非現業国家公務員274000人。しかし、30万人の特別職や3000人の検察官などは
人事院勧告に準じて措置されることになっているため、人事院勧告によって給与を
決定している。

現在の争点は団体交渉権のうち協約締結権を国家公務員に与えるかどうか、
そしてそれにより人事院を廃し、労使交渉で給与改定をできるようにするかどうか。。
民主党政権は、さらにその先の公務員のスト権についても考えている。

菅内閣が作成した国家公務員制度改革関連法案の骨子(朝日新聞から)
http://www.asahi.com/politics/update/0302/TKY201103020552.html
人事院勧告制度と人事院は廃止し、代わりに国家公務員に協約締結権を与え、
給料や労働時間などを労使で団体交渉して決める仕組みを導入する。
内閣府に公務員庁や人事公正委員会(いずれも仮称)を設け、新たな
人事行政機関と位置づける。


なぜ財政難のこの時期に公務員のボーナスが上がったのか

野党は与野党合意の上で制定された国家公務員制度改革基本法に即した法案を出したが、
民主党が法律無視、国益無視、支持団体寄りの法案を出してきたため、反対した。
結果、給与を引き下げる特例法案が臨時国会で成立せず、現行法案の通りに支給されたため。
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2011.12.11 Comment:0 | TrackBack:0